この土地で僅かな時を過ごし、帰りもまた、同じホテルに投宿することになりました。
宿のおじさんもお姉さんも、とても気さくな人達です。前は1人っきりだったのに、今回は黒いスーツケースがあります。
その持ち主は、笑顔の素敵なマニラの男の子でした。 「僕は今、母の会社を手伝っているんだよ。君は何をして働いているの?」
二人は、仕事にはじまり、お互いの家族、住まいの話をはじめました。彼は、私が電車が通るたびに揺れる家に住んでいることに、大いに受けたようでした。
ノックの音と同時に、ドアがあいて、麦わら帽を被り、ビーチサンダルをピンクのビニール紐で脚絆のように縛った痩せた白人の中年男が入ってきました。彼は大きなバックパックを重たそうに下ろすと、言いました。
「君達は、もっと快適に過ごしたいと思わない?」
「私は、今までいた冷房つきの部屋を、私以外の客が二人チェックアウトしてしまったから、一人だけのために冷房つけられない、という理由で追い出されたよ。それで、ここに回されたよ。」
「ここにも扇風機があるじゃない。日本の私の部屋よりも、断然過ごしやすいわよ。」
私は言いました。フィリピンの男の子は、黙ってきいているだけです。
「ほんの少しお金を足すだけでいいんだよ。」
「私たち、湿気のある暑さに慣れているのよ。移れなくてごめんなさい。これからくるお客を誘ってみたら?」
聞いてみると、男はイギリス紳士で、彼にとっては劣悪な、この環境にはなじめないようでした。 私達を何度も何度も説得しようとして、二人がここを動かないと知ると、とても悲しそうな表情をうかべました。
彼が去ると、マニラボーイは、一緒にインドネシアに行こう。と、私を誘いました。なんて魅力的な提案なんでしょう。しかし、そういうときに限って、私の帰国は明日の未明なのです。後ろ髪を引かれながら、空港へ向かいました。
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