クルワン
イタリア鉄道の壁には、イタリアとその周辺地図がかけられています。地図には、線路と航路が示されていました。この地図を見るたびに、更なる旅行欲が湧いてくるのです。ある時、シシリア島とチュニジアを結ぶ地中海の上の青い点線が目にとまりました。 そして今回、その青い点線をたどるようにして、チュニスの港にやってきました。

着いたのは夜も更けるころで、海岸線を彩るようにして煌々と輝く首都チュニスのだいだいの明かりが、異国情緒を醸し出していました。

ナーベルという街で、クルワン出身の男の子と知り合いました。
彼は、長距離バス乗り場まで私を案内してくれました。途中、土産屋の軒先に、小さな駱駝のぬいぐるみが無造作につみ上げられていました。駱駝は、作りがそれぞれ異なり、それが仕草や表情になっています。こげ茶、黄土色、ねずみ色と白いものがあります。首を左にかしげ、愛らしい目でこちらを見上げる白らくだを買いました。

何年ぶりかで童心にかえりました。

地図
バス乗り場に着くと、彼は、ハマメットに行くと言う私に反対して、クルワン行きのバスに乗せました。戸惑いましたが、車窓からの眺めが、そんな気持ちをどこかにやってしまいました。広がる平原に、点々とおい繁る木々、羊飼いの姿、遙か遠くに見える山脈……。

到着するとすぐ、 私はバザールに行ってみることにしました。

「日本人、コニチハ!トヨタ、ホンダ、ナカタ!」
日本式三段活用のかけ声の中を進んでいくと、一人の小男が声をかけてきました。
「バザールは夜でもやっているけど、寺院は五時で閉まるから、行こう。案内するよ。」胡散臭いと思いながら、私はついていきました。彼は寺院には行かず、織工の家や、土産屋のある所ばかり回ります。

一軒の絨毯屋に入ると、そこの主人は私を屋上に案内しました。そこから街が見渡せるのですが、写欲はわきません。主人が、私がシャッターを切るまで、タバコの煙をくゆらせながら待っているので、適当なところで景色を切り取る振りをしました。階下に戻ると、椅子をすすめられました。無口な店員は、待ってましたとばかりに、壁いっぱいに立てかけてあった絨毯を、次から次へと広げていきます。重みのある絨毯は軽々と宙に舞い、濃い色彩が目の前で乱れては散りました。私は日本の押し売りを思い浮かべると、見切りをつけてその店を出ました。

「もう一人で行くわ。 」案内男に言いました。すると彼は、
「君は僕にガイド料を払わなくてはいけないよ。」
と、しつこく言い返しました。
「そんなこと、聞いていないわ。」
それに、あなたは私の名前すらも覚えられなかった。私は心のなかで付け足しました。私たちは、結局喧嘩別れしました。
 
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