クルワン
クルワン

クルワン


鬱屈とした気持ちをひきずりながら、アクセサリー売り場の前まで歩いていきました。偶然、銀色の腕輪が目にとまりました。デザインが新鮮な感じです。さっそくはめてみました。店のお兄さんは、薄汚れた鏡を一生懸命かざしながら言いました。
「似合っているよ。お揃いのネックレスもどうだい?」
値段を聞くと、腕輪が二千円だといいます。彼らは銀というけれど、本当は銀ではないようです。躊躇すると、値段は少しずつ下がりましたが、私は決められないでいました。

すると、彼は私を店の裏に連れて行き、「僕は君を大好きだから、二つともプレゼントだ。もう一つ上げたい物があるよ。 」そう言うと、彼はそこにある小さな扉を開けました。

中は暗く、電気もありません。なれた手つきで蝋燭にあかりを灯すと、積み上げられた段ボール箱に刷られたアラビア文字と、奥に敷かれた薄っぺらい布団の白さが浮かび上がりました。

「これでは押し売りのほうが遙かにましだわ。」私は腕輪を彼に返すと、大通りまで駆け戻りました。

どうして、チュニジアの自然はこんなにも美しいのに、人の心は打算でいっぱいなのでしょう。

欧米から来たツアー客はのんびりと、クルワン市民は生き生きとして、バザールでの用事を楽しんでいます。きらびやかな土産屋や香辛料の香る屋台の間を、とぼとぼと門まで歩いていくと、小さな男の子と目が合いました。彼は、瞳いっぱいの黒い目をこちらに向けて、にっこり微笑んでいます。私は力ない微笑を返しました。

男の子は寄ってくると、話し掛けてきました。わからないまま頷くと、彼は、両手に持って食べかけていたサンドイッチをちぎって私に差し出したのです。「はい!」「……ありがとう。」

私の気落ちした姿を、空腹のせいだと感じたようです。そんな彼の優しさに、思わずにっこりしました。男の子は道路を横切り、振り返って手を振ると、雑踏の中に走って消えてしまいました。

空は淡い紅に染まり、コーランの調べが、この複雑な街を包み始めました。

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