ラグーサの夜、ホテルに帰るとき、路傍に黒い鳥が落ちていました。左の翼は折れ、羽はむしられて、中から赤黒い色が見えます。友人はそれを取り上げると、私の両手に乗せました。「かわいそう。」「下に戻したほうがいいよ。こうなってしまったったら、彼女は長く生きられないからね。」「でも、このままだと、猫に食べられてしまうでしょ。」私は手拭にくるんで、彼女をホテルに連れて帰ることにしました。
部屋に戻っても彼女はおとなしいままです。洗面台にぬるま湯をはって小さなお風呂をつくりました。湯船につかると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じるのです。傷の汚れを洗ってやりました。その晩、彼女にコンテンティーナ(幸福)という名前をつけて、サイドテーブルの上に小さいベットをつくり、物語をしながらいっしょに休みました。
翌日、ジェラに向かいます。彼女がパン屑も、水も、檸檬汁も受け付けないのが気がかりなので、袋に入れていっしょに行く事にしました。ジェラは工業地帯で、他のイタリア人も、「どうして君はジェラなんかに行くの?」と不思議がるのですが、ここにも紀元前の人々の足跡があるのです。海辺の公園は想像以上に美しく、目的の遺跡は修復中でしたが、一面に咲き乱れる野の花と海の色を楽しんでいました。ちょうどその時、コンテンティーナは私の紙袋からひょっこり抜け出して、叢に逃げてしまったのです。
アグリジェントに来たときは、再び一人になっていました。
アグリジェントは小さな町で、友達ができると、示し合わせなくても何度も会うことができます。私は友達の一人に、コンテンティーナの話をしました。彼は言いました。 「彼女はお日様が好きなんだよ。それとも、そこを最期の場所に選んだのかもしれないよ。」 彼の瞳は、アグリジェント近くのシクリアーナ海岸の岸壁の色、グレイと栗色の混合された複雑な色をしているのでした。
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