朝から風が強い日でした。椰子の葉は、旗のようになびいていました。
散歩のあと、茶店に戻ると昨日の彼がいて、友人とポーカーをしていました。そこに、ツアーガイドのおじさんがやってきました。「なにしているの?」「昼過ぎにベルベル人の村行きのバスが出るから、それまでぶらぶらしているんです。」「なら、僕のバイクでいこうよ。」
外に出ると、ぽつぽつと雨が降り始めました。雨の中をバイクは進みます。雨足はだんだん強くなってきて、山の峰々にかかる霧は深まり、雨と風で舞う細かい砂が、サンダル履きの素足に鋭く突き刺さってくるのです。
私はバイクの後ろに座りながらも、寒さと、水と、砂で目を開けられないでいました。おじさんは、無人の家の軒先でバイクをとめてくれました。おじさんが一服すると、すぐまた出かけました。雨は更に烈しくなってきます。さらに進むと、石造りの一軒家があり、彼は入り口で停車すると、勝手を知っているかのように、その家に入っていきました。ここの主人がおじさんの友達だといいます。
奥さんは、「まあ、この雨の中を…」といいながら、火鉢のそばに私たちを案内すると、鮮やかな藍色のタオルを差し出しました。そして、ミントの葉を浮かべた紅茶と、あたためた香ばしいパンでもてなしてくれました。奥さんの胸には、手のひらと魚の意匠の金の首飾りがかかり、鮮やかな緋色の衣装によく映えているのです。彼女にそっくりのつぶらな瞳をした子供が三人、はにかみながらこちらを見ています。私たちは、この居心地のよい空気に身も心も温まりました。
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しばらくすると、ご主人が帰宅して、車で私たちをベルベル村まで連れていってくれることになりました。
村はその地域で採れる、温かみのある橙色の石でつくられていて、それが周りの風景に溶け込んで、なんともいえない美しさなのです。私たちは、村でただ一つのモスクまで行ってみました。モスクは村の中心の高いところにあります。眼下には、広大な景色が広がって、霧の切れ目から、ところどころでゆれる椰子の木と民家の群が見えます。
帰りも、ご主人が送ってくれました。ご主人の家の前で車を降りると雨は止んでいました。
マトマタの町に戻り、別のホテルに遊びに行きました。屋上にあがり、ホテルの看板が明るいのに気づいて振り返ると、ちょうど雄大な夕焼けの真っ只中で、雲の中で太陽が赤くただれていました。太陽は幾層もの空の襞を濃い紅と茜に染めながら、一瞬のうちに溶けて、山の向こうに行ってしまいました。
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