6.藤沢 - 湘南の風を受けて歩く
東海道五十三次 / 日本橋 - 21次 岡部宿 / / 2009-2014
藤沢
今朝は寝坊したので藤沢から平塚まで歩くつもりを、茅ヶ崎までに変更しました。
藤沢本町駅を出て右に渡り左の坂を登ると、国道44号にでます。 普通の住宅街です。しばらく行くと、名門湘南高校前のバス停が見えてきました。
歩いているうちに、爽やかな初夏の風が海の町藤沢なんだと感じさせてくれました。 引地川を渡ります。水面は快晴の空と木々の青さを映していました。
さらに行くと、あたりに漂う香りを感じました。香りの先にはメルシャンの工場がありました。ワインの香りか、それとも私の幻嗅なのでしょうか。
国道44号線を道なりに進めばいいので歩きは楽です。 工場を過ぎ神社の鳥居を過ぎてしばらく行くと、1号線に合流することになります。
茅ヶ崎に近づいてくると、松並木が多く目について東海道風情を味わえます。途中で1号線にぶつかる所があり、左に曲がります。 松林中学校、茅ヶ崎高校あたりの松並木は本当に立派でした。政府が日本橋から三条大橋までのすべての松並木を保護していれば、今頃世界遺産に認定されていたのにと思いました。(そしてその思いは、その後西に進んだ際、草薙神社辺りで戦争の犠牲になった松の物語を知ったときにさらに悲しい思いになるのです。)
そうするうちに市街地が見えてきて、一里塚の交差点につきあたりました。石碑を眺めてしばし休憩です。その後、私はまだ昨日のアルコールが完全に抜けていないみたいで、ふらふらとした足取りで茅ヶ崎駅にたどり着きました。
茅ヶ崎一里塚
昭和三十六年八月十三日
茅ヶ崎市史跡指定
徳川家康は関ヶ原の戦いの翌年、慶長六年(1601)、東海道に伝馬の制を制定し以後江戸を中心とした交通網の整備にとりかかりました。
慶長九年(1604)、徳川幕府は東海道等の一里(約四キロ)ごとに塚を築き、旅人の目安にしました。
東海道は江戸の日本橋を起点にしています。茅ヶ崎の塚は日本橋から十四番目にあたります。かつては道の両側にありました。
茅ヶ崎市教育委員会