35.御油 - 合羽からしたたる雨雫が、雨霧に濡れる松並木とシンクロした
東海道五十三次 / 22次 藤枝宿 - 41次 宮宿 / / 2009-2014
歩き進むにつれ、雨にも慣れてきました。ただし私自身は髪が乱れ着膨れし、相当見苦しくなってきました。ごろく橋を渡りしばらくいくと御油の松並木資料館とがあったので入ってみます。中はまだ明かりがついていませんでした。スタッフのお姉さんが展示室を明るくして観覧できるようにしてくれました。
旅の衣装や旅行李などが展示されていて、東海道を行脚する私たちもお遍路さんのように旅装束をしたら面白いのにな。と想像したりしました。
資料館ちかくの新御油橋には御油の浮世絵がモニュメントとして飾られています。それでこちらを旧道と勘違いしそうになるのです。御油の松並木の手前には、当時御油宿、問屋役人の御関札を再現したものもありました。
御関札立掛場
御関札とは、諸藩の大名が参勤交代や何らかの用事で 出向く際、宿泊先(御休先)となる宿場の本陣や問屋(町役人)に事前に申し伝え、 宿泊当日の三日前迄に本陣、町役人は宿場の出入り口に縦三尺半 (約一メートル)横一尺半(約四十五センチ)の板に宿泊年月日・ 藩主名・出向く先を記入し、長さ三間半(約六メートル)の太い竹竿に取り付け立掛けられた看板を言います。
御関札は、大名の権威を誇示するばかりではなく、本陣前を往来する 人々に無礼のない様、通行するように注意を促す目的を持って立掛けられた看板と云われています。